ミニチュア風写真の原理

最近はやりのミニチュア風写真だが(参考資料; 被写体をミニチュア化するiPhone向けチルトシフトカメラ『TiltShift Generator』)、その原理について知っている人は知っているのだがが、意外と知らない人もいるようなので書いてみよう。

最近CM等でもよく使われるようになった、表現手法として「ミニチュア風」写真というものがある。街の遠景を撮影したもののはずなのに、なぜかミニチュア模型を撮影したもののように見えるというあれだ。写真家の本城直季氏が"small planet"という写真集で有名にしたものである。

どうして、これらの写真はミニチュア風に見えるのだろうか?答えは脳の視覚情報の解釈の仕組みにある。
特に今回の問題では、見ている物の距離感の解釈がポイントとなる。

脳は見ているものの距離を、下記のようないくつかの手がかりを総合して推定している。

  1. 視差情報
  2. 被写界深度情報
  3. シーンの意味的・文脈的解釈情報(物体の種類と大きさに関する知識や、見え方の前後関係など)

(1)視差による距離感

ステレオ視の原理としておなじみの左右の眼の視差情報である。しかし、ミニチュア風写真は単眼視画像なので、このような視差情報は使われていないことは明らかなので、説明は割愛する。

(2)被写界深度による距離感

被写界深度とは簡単にいうと「画像中のピントの合っている距離範囲」のことである。人間の脳は、この被写界深度も手がかりの一つとして対象との距離感を得ている。

たとえば、(a)展望台のような場所から広大な景色を見る場合と、(b)机の上に置いた小さな模型を見るときでは被写界深度は全然異なる。 前者(a)の場合は、被写界深度は「深く」なり、視野の大半の部分でピントが合った状態になる(パンフォーカス状態ともいう)。 後者(b)の場合は、被写界深度は「浅く」なり、模型の付近しかピントが合わず、後ろの背景等はボヤけてしまう。 これは、人間の眼がレンズを用いた機構になっているため必然的に生じる物理的な性質である。 このような眼を前提に進化してきた人間の脳は、上記のような眼の性質を利用して大まかな距離情報を得るようになったようだ。 すなわち、脳は、眼が見ている視野のピントの合い具合から対象物への距離感を把握しようとするのだ。

(3)シーンの意味・文脈から得られる距離感

シーンを意味的に解釈することでも距離感が得られる。 脳は、過去の経験によって、物体が「これぐらいの大きさだな」という知識を持っている。 例えば、ビルは数十m以上あり、アリは数mmしかない、といった情報だ。 また、物体が前後に重なって見えている場合、手前のものは近く、後ろのものは遠くにあるはずだという推定もできる。 よって、ビルの後ろにビルより大きくアリが映っている写真を見ると、「巨大アリ出現!」という特撮映画の世界になり、そのアリまでの距離は、ビルまでの距離よりも遠く感じる。

ミニチュア風写真の原理

長々と説明してきたが、実はミニチュア風写真の秘密は、上記(2)の被写界深度情報と、(3)のシーンの意味的情報のズレを利用して、脳を騙すことにある。

改めてミニチュア風写真を良く見て欲しい。 たいてい映っているシーンは空撮したような遠景であり、本来はパンフォーカス状態の画像として眼に映るべきものだ。 映っている内容も、ビル群や米粒のような人間やクルマたちであり、その距離感は「遠い」ものとなる。

ところが、被写界深度はこれとは異なる距離感を訴えてくる。 ミニチュア風写真では、画面のごく一部の領域だけにピントがあっており、その周囲はボケていることが分かる。 また、ピント領域から離れるにつれてボケ量が大きくなるように加工されている。 このようなピントの分布状態は、前述の(2)−(b)で述べたように、ごく近距離にある物体を見ているときの被写界深度の表現となるので、脳はこのシーンの距離感は「近い」と判断される

この2つの距離感情報、すなわちシーンの意味的距離感の「遠さ」と、被写界深度による距離感の「近さ」が脳内で矛盾を起こすため、あの独特の「不思議な感覚」が呼び起こされるのである。

お分かりいただけただろうか?